決して病んでいるわけではありません。喧嘩したわけでもないですし、関係も良好という言葉がなによりも合うくらいには順調なんですが。ふと、この関係が終わる瞬間がくるとしたら、どんな形になるだろう?と想像をすることがあります。それは、きっと「死んだあとはどうなるんだろう?」「この世から酸素がなくなったらどうなるんだろう?」といった、試すことはできないことの問いの答えを想像するときの、真夜中に頭に浮かぶ、心の裏側が少しざらざらとするようなイメージと似たようなものなのかもしれません。 幾億光年/OmoinotakeKagami Hayato終わりのイメージ
四季凪さんと出会って一年が経過した現在、私の毎日はつねに彼とともにあります。朝起きて一番に挨拶をするのは彼で、先に起きたときは安心しきった顔で寝ているのを見て幸せに浸ります。きっと、彼のこんな顔を見ることができるのは世界でただ一人私だけで、なんて幸せ者なんだろうなと。前世でかなり徳を積んだに違いない、私は。冗談抜きで毎回本気でそう思っています。半分以上寝惚けたまま起きてくる彼の頭を撫でながら「よく眠れましたか?」と聞くのも「眠れたけどまだねむい」と返されるのも、いつも通り。彼にとんでもなく甘い私は「二度寝しちゃいますか?」なんて悪魔の囁きもします。このまま二人でベッドに逆戻りして、日中を一緒に過ごせたらどれだけ幸せか、懲りることもなく毎回想像してしまいます。
日中は四季凪さんのことを考えながら仕事をこなして、夜に配信をしているときだって頭のなかは四季凪さんだらけで。寝る前はほとんど毎日一緒です。一日の終わりに見るのはいつだって四季凪さんで、一日の始まりも当たり前に四季凪さんです。一年間で、すっかりこの生活が当たり前になってしまいました。
居ないと生きていけない、という感覚は変わらずにないんですが、この「当たり前」が崩れるイメージはいよいよ思い浮かべられなくなってしまいました。……あと数年も一緒に過ごしたら、四季凪さんが居ないと生きていけない!になるのかもしれない。それでもいいのかもしれない、と思うくらいには彼に絆されている私が居ます。