2025/02/07(金) 11:57
#理解されたい人と理解されたくない人
世の中には二種類の人間がいる、なぁんて言うといかにもな口上でなんとも洒落臭いですけれども。
おれが思うに「他人に理解されたい人間」と「他人に理解されたくない人間」は確かにいて。
いえね、おれ昔は思ってたんですよ。「人は誰でも、本当の自分を誰かに理解して欲しいものだ」って。
でもね、最近になって特になんですけど、おれ「力一さんは◯◯ですよね」「こういう人だよね」って言葉を向けられるのが、苦手だなって気付いちゃったのよ。
大して親しくない人に言われるのは勿論、たとえば友人であるとか恋人であるとか、あるいは家族が相手でも、思ったりはするんですよね。
> 「この人一体何様のつもりで、おれのこと分かってます、みたいな口叩くんだろ」
って。
……いやこれ言っちゃうとめちゃくちゃ感じ悪いな〜!!!
勿論ね、相手に直接言ったりはしませんよ?ただ心の中で密やかに思うだけ。そりゃあもう、おれもいい大人ですから。
乱暴な言い方にはなっちゃいますけど、本当のことなんて本人にしか分かんねぇのに、上っ面の上澄みだけで相手を分かった気になって、それをあまつさえ本人に得意気に言っちゃうのがね、何となく癇に障っちゃうのかもしれません。
これの複雑なところって「的外れなことを言われるのが嫌」っていうわけじゃなくて、仮にその人の言うことがちゃーんと合ってたとしても嫌だってことなんですよね。
たとえ相手がおれのことを分かってくれていて、かつ悪意なんて一切なく、ただただ共感性を以てその台詞を言ってくれていたとしても、おれが何者であるかとか、おれの気持ちだとかはおれだけのもので、決めていいのもおれだけなのよ。
だからおれは誰かに理解されたくはないし、真におれを理解出来るくらいの間柄の人がもしいたなら、その人はそういう分かったような事を、多分おれには言わないと思うんですよね。
これってめちゃくちゃ捻くれた感覚で、多分世の中の大半の人は「おれの事、そんなに分かってくれてるんだ〜!」って嬉しくなっちゃうと思うんですよ。相手が親しい人なら特に。
だから毎度人にそういう風に言われる度に「まあそうですね」とか「そんなことないですけどね」とか適当に流してるわけです。目くじら立てて敵対するようなことじゃありませんし。
でも、そういうのって地味に生きにくいというか、もうちょっと素直に喜べるタイプだったら楽だったかもなぁ〜、なんて思ったりはします。