2024/04/16(火) 21:12
ファンレター、なぁんて素敵なタイトルのお手紙をいただきました。ありがとうございます。そして届いてみて気付いたんですけれども、アレって差出人名を書く欄がねぇのよ!というわけで今後、力一宛にお手紙を送ってくれる皆々様、どうか本文中に一言名乗りを入れて頂ければ幸いです。
さて今回お便りを頂きました、便宜上『名無しの権兵衛さん』…えー、まあ名前が書いてなくても、おれにはちゃあんとどちらの方からかは分かっております。「どーも。」が口癖の、懐かしいあの方だと言えば皆さんお分かりの事でしょう。
一応ここから下は畳ませていただきます。勿論「該当者しか読んじゃいけない」なんて事はございませんけれども、いえね。シンプルに長ぇのよ。
便宜上、名無しの権兵衛さんへ
先ずね、この日記を始めてからファンレターなんてものを戴くのが初めてでして、普通に喜んで飛び跳ねちゃってますね。いまおれは口角上がりすぎて、お口がVの字になっていることでしょう。
本人は長い手紙になってしまった、なぁんて言ってましたけれども。とても丁寧な言葉選びで読みやすくて、長さを感じさせない、そんなお手紙でしたね。おれの考え方や言い回しを褒めてくれましたけれども、それはおれにとって一番の褒め言葉だったりします。
だってそれって、おれだけを褒めてくれてる訳じゃねぇのよ。今までおれに関わってくれた人や物事の全てがあって今のおれになっているわけだから、おれだけじゃなくおれの大切な人たち皆、褒めてくれたのと同じことなんです。
お手紙を読みまして、そこはかとなく懐かしいような気持ちになったのは、人柄故かそれともそれこそ、差出人であるところの彼の言葉選び故か。おれには判別つきませんけれども。
繊細で、少し寂しそうで、どこか諦念の色があるような口ぶりで、それでも何もかも捨てて達観は出来ない。ぱっと見は儚く見えて意外と生命力があって。
なんだか月の横顔みたいな、そんな人なのかなぁ…なぁんて思いを巡らせて。
沢山書いてくれていたので全部に反応するのは難しいんですけれども、友情の話について。
歳をとればとるほどに価値観は凝り固まっちゃうし、経験から色んな事に予防線を張る癖がついちゃって、なかなか子供の頃みたいな純粋な友人関係なんてものは希少になっていきますね。それにおっしゃる通りで「そもそも友人って何ぞや」って話にも繋がっちゃう。だって思春期ならいざ知らず、大人になった今、誰かに「おれたちって…友達だよね?」って面と向かって聞くことなんてまあ、なかなかありはしねぇのよ。
たとえば会ったら挨拶を交わしたりちょっとした雑談はするけれど、一緒に遊びに行ったりはしない…これを知人と捉えるか友人と捉えるかなんて人それぞれじゃない?
だから大人は期待しすぎて傷付いたりしないように「ちょうどいい距離感」っていうものを探していて、お互いに何かあって縁が切れてしまっても「まあそういうこともあるよね」って諦められるように生きている。それは決して悪い意味じゃなく、世間の大多数においてめちゃくちゃ有効な手段であり、必要なことでしょう。プールの監視員が一緒に泳いではしゃいで溺れちゃったなら誰が助けてくれるのかってお話。
そして、水掻きのある掌について少しだけ。
『仏様の掌には、水掻きがある』
……おれがピエロになる前、まだ若かりし頃に、そんなことを人から教わりました。仏様の掌に水掻きがあるのは、迷える衆生を一人でも多く救うためなのだ、という事なんですけれども。おれは神にも仏にもなれなければ、誰かを救うなんてそんな大層なことは出来やしません。ただ、いつも大切なものを見失って、取り零してしまうから。おれにも水掻きがあったらな〜〜!!なんて思っちゃったりするんですよね。
さっき話したように、大多数にとってのおれは、プールの監視員で良いんです。だけどその一線を踏み越えてでもおれが大切にしたいと願った人たちには、おれは全力で手を伸ばして溺れるその体を水掻きで掬い上げてぇのよ。
おれは仏様にはなれないけれど、誰かの友達ではいたいから。
さて、長くなりましたけれども。こんな取り留めもなく書き散らかしてる日記を読んで楽しんでもらえてるならば本当にありがてぇ話なのよ。また気が向いたら手にとって、開いてもらえたらと思います。